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物語スコーレ課題の4

夕顔の花


2週間考えていたけれどなかなか出来なくて、午前中感想文広場、甘酒作って、6時から書く新婚間違い 革新懇の勉強会で「きれいな空気と健康を守る会」の煤塵のお話しを聴き、その足で美禄句会に出て、帰宅してやっと書き始めて今出来上がる。

 課題ぃ緩腓粒┐らインスパイアーされた物語   2012年7月27日(金)
そのひとつ パウル・クレー 「ぼろきれお化け」

 死んだら絶対お化けになって、あいつの前に出てきてやる!
 1945年5月、テレジン収容所の、いくつも死体が転がっている部屋の片隅で、高熱に唸りながら私は思った。5月の何日かもう分からない。この間まで今日は何日何曜日と忘れないように必死だったのに。なかよしのヴエラは4月14日に死んでしまった。、エリカとマリカは20日に東に送られて、一番元気そうだったルースが高熱で口もきけなくなって看病していたらみるみるうちに黒ずんで死んでしまったのが5月1日。それまでしか覚えていない。その熱がうつったのだろう。苦しい。水が欲しい。
 
 お祖母ちゃんと父と母と弟とすし詰めの貨物列車に乗せられてテレジン収容所についたのは2年前の9月27日。翌日は10歳の誕生日だったから、もう10歳です。わたしは言った。弟は6歳。入口でみんなと分かれ私だけ女の子の家に入れられた。女の子はおもに畑仕事。私たちの野菜ではなくてナチスの兵隊が食べる野菜作り。落ちていたトマトをいポケットに入れた女の子はそれを見つけられ殺されたと聞いたから、腐った馬鈴薯でも拾わなかった。朝7時から夕方7時までの畑仕事の行き帰りに気をつけていたら、丸太を運んでいるお父さんらしい人を見た。みんなより背が高いからそうかなと思っただけ。それからずっと見かけなかった。行き帰りに見かける大人はみんな痩せていて誰なのか分からない。プラハに住んでいたとき、どんなに遠くでも大好きなお父さんを見つけることが出来ていたのに・・・・・
 お母さんがこっそり会いに来てくれたのはその年のクリスマスのころだった。ただでさえ食べ物がないのに、僅かなパンをとって作り上げた小さな十字架のプレゼントをこっそり届けてくれたお母さん。そのとき弟のことは訊けなかった。男の子の家女の子の家と分かれていて、時には男の子を見かけるけれど弟は見つからなかった。男の子達も女の子達も10歳から15歳までしかいない。15歳過ぎたら、大人のところで働かされるのだ。弟は?
 お母さんは次の年のクリスマスには、何にもなくてごめんねと言った。まるでお祖母さんみたいになっていたけれどぎゅーっと抱いてキスしてくれたときああ、お母さんと分かった。それからはあっていないお母さん。
 ユダヤ人だけを特別に収容所へ送ってやるから明朝6時に一家族で50キロの荷物を持って、駅前広場へ出頭せよの命令書は夕方届いたのだった。ずっと前、3軒先のノヴァーク一家はそれに従わないで逃げようとしていたら殺された。みんなの前で殺された。そういう命令書が出る前も、ユダヤ人は自転車もラジオも持ってはいけない。ユダヤ人のお店以外では買い物してはいけない。ユダヤ人は8時以降外出してはいけない。1000を超える命令が出たのだ。ユダヤ人のこどもは動物園やプールに行ってははいけない。公園で遊んではいけない。そして「学校へ入ってはいけない」信じられない。私は学校が大好きだった。
 そして収容所でみんなばらばら。お祖母ちゃん、大好きなお祖母ちゃん。お祖母ちゃんのなまえを私は貰った。心臓が悪いのに、薬は2日分しかなかったはず、大丈夫だろうか。
 美味しいパンを焼くのが上手だったお祖母ちゃん。お母さんにもいろんな料理を教えていたお祖母ちゃん。お父さんに叱られたとき、抱っこして慰めてくれたお祖母ちゃん。いい匂いのお祖母ちゃん。
 
 寒い朝だった。3月半ばだったけれどテレジンはまだまだ寒い。突然全員広場にあつまれ!の大声。言うことを聞かないと殴られたり食べもの抜きになるのが嫌だから、みんな慌てて何もかもほっぽり出して並んだ。食べ物と言っても朝はちょっと塩味の水のようなスープだけ。昼や夜にはそれに固いパンかじゃがいも、ピンポン球くらいのお団子だったけど。時には野菜やベーコンの切れっ端が入っていたけれどナチスの兵隊達の食べた食器を洗った水だと噂が流れた。でも、それ以外に口にするものがないので、噂も一緒にみんな黙って呑みこんでいた。
 みんなが集まったら、番号が呼ばれる。呼ばれたら返事をしないと大変だから、入れ墨された腕をまくって確認する。ユダヤ人は牛ブタ以下だ、と言われ番号でしか呼ばれない私たち。そのとき、お祖母ちゃんがいた。私の少し前に。おばあちゃん!て寄ろうとしたけれどちょっとでも動くと私だけでなくまわりの人も撲たれるので我慢してじっと見ていた。あんなに色が白くて髪もいつもきれいにシニョンに纏めていたお祖母ちゃんは、顔色はどす黒くスカートもぼろぼろ、寒いのにショールは千切れて後ろから見ても寒さに震えている様子が分かった。私だって服はぼろぼろ。でも、作業が終わったあと繕って繕って少しはましな上着を着ているから、それを着せてやりたかった。
 全員を点呼したのに、もう3時間も立っているのに、またはじめから点呼をするという。台の上に立って番号を読んでいる男は何が気に入らないのか顔を真っ赤にして怒鳴っている。昼飯抜きだぞと言うのが聞こえた。一瞬ざわーとなったが、そばにいた髭を生やした男が突然「黙れ!」と言ったので静まった。すると小さなしかしはっきりした声が上がった。「お昼ご飯を食べないとみんな死んでしまいます。私は年寄りだから死んでもいいけれど若い人たちが可哀想です。どうぞお願いします。」 それはお祖母ちゃんだった。心臓に手を当てて苦しそうだったけれど、あの優しい声はお祖母ちゃん!「ミレーナお祖母ちゃん」と叫びそうになった私の声は、ピストルの音で消された。「死にたいなら好都合」とあの髭の男はピストルの烟をふーと吹き、にやっと笑った。
 
 許さない、わたしのだいすきなおばあちゃんを殺すなんて。でも私には武器もない、力もない。そして今はもう死にそうで起き上がれない。死んでしまったらどんなに楽になるだろう。でもあの髭の男は許さない。お化けになってあの男に「許してください。ごめんなさい」を言わせるのだ。でも、こんなぼろきれお化けを怖がるだろうか。
 
 6歳の頃なくなったお祖父ちゃんが言っていた。
 威張る奴は男も女も本当は恐がりなんだよ。怖いのを人に知られたくないから威張っているんだ。目を見てご覧。きょろきょろ動いていたら臆病な印だよ。ミレーナ。お前はじっとお祖父ちゃんの目を見ることの出来る賢い子だ。お祖母ちゃんに似た強い子だよ。
 あの髭の男はそういえば眼をきょろきょろ動かしていた。じゃあ、絶対お化けを怖がる!よし、絶対お化けになってみせる。
 そう思ったら眠ってしまったのだろう。ふと気付くと見知らぬ兵隊が私を抱きかかえていた。イギリスの兵隊だった。おーいここにもぼろきれお化けがいたよ。明るい声で若いイギリス兵は言った。
 それは5月8日だったそうだ。
                                   終わり

Posted by やまもも | comments(2) trackbacks(1)
comments
ぼろきれお化けのお話、10歳の女の子、生きててよかった。泣きそうです。やまももさん、すごい!!8月が近づくと、いつもは、何も考えていないナーとしみじみ思います。
tomy | 2012/07/29 18:35
今年はテレジンをしないので、なにか置き忘れたような気分です。
パウル・クレーーの「ぼろきれお化け」は彼がナチスの手から逃れて亡命するときに描いたと言うのがヒントになりテレジンの少女の物語になりました。途中まではお化けになるから死ぬのかなと思っていましたが、やっぱり死なせたくなくてああいうう結末を考えました。
やまもも。 | 2012/07/30 23:17









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