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55歳65歳85歳95歳のご縁


我が家の猫もも太郎は7歳だが人間で言えば55歳。
わたしと連れ合いは今年それぞれ9月12月で65歳。
6月13日に心筋梗塞でなくなった穂高の父は85歳。
昨日会い今日6月25日なくなった熊本の父は95歳。

穂高の父とは戸畑で小学4年生から一緒に暮らした。
大学まで行かせてくれた。
実の娘ではないのに、戸惑いながらも父なりに愛情をかけてくれた。
父の仕事の縁で、小学中学同級だった連れ合いと巡り会えたのだ。

熊本の父は幼いときの記憶は全くない。
満州から引き揚げるとき、必死でわたしたち姉妹を守ってくれただろう。
1946年5月1歳8ヶ月の私が生きて日本に帰れたのだ。

大学卒業の時、初めて父にあった。
そのあとどう関わりようもなく疎遠だった。
熊本に住む友人が父の住所を調べてくれ、会いにいった。

逆子だったので産婆さんの手に負えず、満鉄勤務の父は、トラックを出してもらって医者を迎えに行ったこと。
へその緒が巻き付いていて危なかったこと。
びーびーよく泣いてたこと。

母からは敗戦から引き上げまでの9ヶ月の苦労をよく聴いた。
宮尾登美子さんの自伝小説を読むと、母の話がまざまざと浮かび上がってくる。

父は若いとき、給料もらったら熊本から博多まで遊びに行っていたことも、重い口ながらぽつりぽつり話してくれた。

それがこの3年まったく会いにいってなかった。
最後は水俣への途上だった。デイケアーにいる父を訪ねた。
お握りを持って行って、父の昼食に合わせて食べたのだが、それが悪かったのか、川尻駅で急に吐いた。八代行きの電車の中で吐きそうなのをこらえ、苦しかった。八代で降りトイレは?と声を出すのが精一杯だった。

日記広場たよりはずっと送っていた。
絵手紙が来ていた。
しかし3年前からこなくなり気になっていた。
正月に出したとき「お返事下さい」と葉書を入れたが返事がなかった。

6月9日異母弟から「悪性リンパ腫で入院しました。1週間単位の命だそうです」と携帯電話。
翌日は牧山小の朝の読書と日記広場だが、お断りして熊本に駆けつける。
病院の食事を食べ始めたそうで、思ったより元気。しっかり返事もする。
指が曲がってお箸が持てない。だから絵手紙が書けなかったのだと納得。
夕食を食べさせると、茶碗蒸しは全部食べてくれた。
痛みはないが、口を開けて呼吸するのでのどが渇くので、水を飲ませるのが慣れてなくて緊張する。どうしても咳き込み苦しそうなのだ。すっと飲めたときは嬉しかった。

熊本から11日に帰り、翌12日、モトムラ治療院は予約制なのだが、朝「空いてますか?」夕6時ならというので、その前にカット(2ヶ月行ってなかった)をする。きついから動きたくないのだが、明日にしようと思わなかったのはいつものなまけ者の私にしてはと不思議だった。
携帯を忘れて出かけた。
7時から8時過ぎまで丁寧に治療してくださり帰宅は9時近かった。
連れ合いが「どうして携帯忘れるのか!」ときつい口調。普段にない口調。

穂高の父が倒れたと!
その後の経過が入る。

連れ合いが肥中からちぎってきた梅が6舛△襦
これを梅酒や梅酢や塩漬けにして、うろうろと旅の準備をしていたら、4時19分なくなるの報が入る。
犬の散歩で早起きなので、5時過ぎには娘達に連絡する。
8時すぎののぞみに乗るのだが、福岡の長女も一緒に行ってくれる。次女は11時すぎののぞみで追いかけてくる。
連れ合いと次男は翌日夜来る。
長男は15日の葬儀に妻と飛行機を乗り継いで来て、弔辞で祖父に語りかけた。

18日に帰り、19日に梅漬けを見たらカビが・・・初めてのこと。
きっと気もそぞろだったのだとふり返る。

熊本の父も気になっていた。

そこへ弟から今週もつかどうか?の連絡。
体がきつかったから行くのをためらった。
しかし、連れ合いが「行ってあげなくちゃ」と背中をしてくれた。
そうだ、
帰りに「また来るね」と言った。
待ってるかもしれない。

日記広場をずっと休んでいるから、すませて翌日にしようかと迷ったが、心の声に従った。

朝8時台の特急で熊本へ向かった。
病院にいる間、ずっと父をさすった。
これはお姉さんの分よと言いながら。
姉は10年前にあったきり。その前は43年前。戦後別れてからその2回。
私と4歳違う姉には父の記憶はたくさんある。
しかし心臓が30佑靴動かず、急な暑さに弱っている夫を置いてはいけない。
携帯電話が有り難かった。
姉の声が父に届く。父はおおと返事していた。

帰りに「さよなら」とお別れを言った。
もう最後です。ありがとう。



Posted by やまもも | comments(12) trackbacks(0)
comments
ももさん大変だったんですね!改めて二人のお父様のご冥福をお祈りいたします。
それと同時にももさんの人生の一部を知ってしまいました。敗戦で引きあげてきたのは知っていたけれど、実のお父様と育てのお父様がいたのは始めて知りました。ただ人間は多くの人々によって生かされていることを痛感いたします。ももさんの人生も大変でしたでしょうが、二人のお父様の人生も大変でしたでしょう。改めまして、合掌!!!
紅の豚 | 2009/06/26 01:13
紅の豚さん
ありがとうございます。
今生きていることに感謝しています。
やまもも。 | 2009/06/26 22:20
9日に伺ったとき熊本のお父様が倒れたとおっしゃってましたよね。その後日記の更新がないので悪い予感はしていました。でもまさか穂高のお父様までとは・・・。

私が聡子さんと出会ってからのいろいろなことを思い出し、そんなこんなが聡子さんを作っているのだと思って、ジ〜ンときています。
合掌
ピーコ | 2009/06/27 10:24
すごくいろいろ大変だったのですね。ももさんが絵本を読んでくださった声を思い出しながら、ふかーい想いが詰まっていたのだと、いまさらながら思い至りました。合掌
tomy | 2009/06/28 00:39
 お二人のお父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 @ももさん、いろいろと大変でしたね。
 いつも精力的に物事をこなされ、日記広場のおたよりも長い年月にわたって書き続けていらっしゃるエネルギーに感心していましたが、来し方、いろいろなことを乗り越えて生きていらしたことを知り、今までの言葉の深さや重みを感じました。さり気ない言葉の中にも含蓄を感じていました。

 句作も日常的な大変さ(介護)を経て、さらに深まっていかれることと思います。時には中断されることもあるかと思いますが、きっと秀作を生み出していかれることと信じます。
 私も短歌を再開しました。しばらくはウオーミングアップと思っています。

 @ももさんのご健康とご活躍をお祈りしています。
まざあぐうす | 2009/06/28 20:59
ピーコさん
tomyさん
まざあぐうすさん

ありがとうございます。
86歳95歳の父の人生の重みに比べ、まだまだ65歳と思っています。

  父の闇子の闇母は今年竹  さとこ
ややもも。 | 2009/06/28 21:40
こんばんは。

昨日は、お世話になりました。
久しぶりに、みなさんとお会いできたし、先生ともいろんなお話が出来て嬉しかったです。

SIONのみなさんの演奏は本当にすばらしいですよね。
私は、昨日のコンサートを聴いたら日頃の疲れがとることが出来ました。

また、こういうイベントや様々に催し物がございましたら声をかけて頂けませんか?
その日が休みでスケジュールがあいていましたら是非参りたいと思います。

いつかまた、お会い出来ることを楽しみにしております。
お体に気をつけられてお過ごし下さい。
けん | 2009/06/28 22:25
これまで穂高のお父様にいろいろと心を尽くされていたことを、ブログを通じて存じ上げておりました。その一方で、幼少時に別れた実のお父様への思いもおありだったのですね。
お二人のお父様のご冥福を心からお祈り申し上げます。
リトルミィ | 2009/06/29 07:06
けんさん
佐賀から紫音の一音一会コンサートにおいで下さって、ありがとうございます。。応援会委員にもなって下さったのでしょう。ありがとうございます。
おまけにおみやげまで・・・ありがとうございます。。
この蒸し暑い季節、氷出し茶を楽しんでいます。お茶の葉に氷を入れて溶けるのを待つこと4時間!
美味しい美味しい冷茶が楽しめます。
友人宅でご馳走になって、こんな美味しいお茶をのめるなんてと感激しました。
ぜひ試してみてください。

リトルミィさん
ありがとうございます。
血のなせる業だったのですね。最後に熊本に父と別れて帰りのJRの中で、ぼろぼろ泣いていました。もうあえないという思いです。
やまもも。 | 2009/06/30 11:08
こんばんは。

おいしい冷茶の入れ方を教えて下さってありがとうございます。

是非、試してみたいと思います。
けん | 2009/06/30 23:05
さとこさん とっても大変でしたね。
お父様のご冥福を心からお祈り申し上げます。
いくつになっても、順番といっても、親を亡くすと心細く、喪失感はどうしようもないものですね。
心の中にはいろんな思いがあると思いますが、
命を授け、育んでくれた人たちへの感謝をもちながら毎日を過ごしていけば、みんな喜んでくれるはず。
身体に気をつけてお過ごしください。

えつこ | 2009/07/01 21:20
えつこさん
ありがとうございます。。
>命を授け、育んでくれた人たちへの感謝をもちながら毎日を過ごしていけば、みんな喜んでくれるはず。

ほんとにそうですね。喜んでもらえるような日々を過ごさなければ・・・
というものの、1日1回は泣いています。しかし日にちが経てば元気になるでしょう。
| 2009/07/01 22:03









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